前田真知堂B丘陵では、今回報告した 11 基以外に平成 15 年度に 14 基を調査し、そのうち 6 基 の墓の調査成果を報告している。第 27 表は、平成 16 年度までに調査した墓延べ 54 基について整 理したものである。墓域の形成や各墓の築造年代をはじめ、戦争遺跡としての墓利用を考えるうえで 丘陵全体の状況を把握する必要があるため、過年度分の状況も併せて報告し、まとめとしたい。
1. 遺跡の立地
前田真知堂 B 丘陵は南東-北西を軸とする細長い丘陵であり、平地からの標高差が 5 m程度 の低い小丘で一帯ではよくみられる丘陵の形態である。この丘陵斜面に掘り込まれた墓は、横並 びに一段ないし、部分的には二段に渡って造営されている。該地の土質は細粒砂岩が主体である が、丘陵の中位に斜行する層厚 1.5m 程の第三紀泥岩層を挟み互層となっている。墓は、泥岩層 に直接掘り込むことを避け、下位の細粒砂岩層を選んで造られている。よって、泥岩層に添って 墓も高位から低位へ斜め一列に造営されている。また、同様のことは墓の前面にあたる庭の造成 にも影響を与えており、特に北側斜面の墓は庭にあたる平場を複数の墓で共有しているが、泥岩 層に規制されて庭もゆるやかに傾斜している。そのため、平場の途中ごとに階段状の段差を設け て各墓と平場の共用を維持していたものとみられる。
各墓の立地を墓口方位でみると、北東 21 基、南西 10 基、北 9 基、北西 7 基、南東 4 基、南 2 基、
西 1 基となっていて、東に開口する墓が見られないのは、南東-北西方向に延びる丘陵地形となっ ているためで、実際には丘陵のほぼ全方位に墓が造営されている。方位に規則性が認められないこと から、地形的な制約を受けながら墓が造営されたものと推察される。
2. 遺構の特徴と墓域の形成について
該丘陵で本発掘調査した墓 39 基(脇墓 6 基含む)と範囲確認調査で確認された遺構 15 基の 特徴についてみると、墓室類型の 1 類 19 基、3 類 13 基、4 類 7 基、5 類 2 基、6 類 5 基が確 認され、ほかにも壕 3 基と不明遺構 3 基、戦後に造られたコンクリート墓 2 基が確認された。
以下で、墓室類型別に整理し、立地状況と併せて検討していくこととする。
1 類は、墓室面積が 2 ~ 4㎡の a・b 型と、1㎡程の c・d 型に大別できる棚の無い墓である。墓室 面積が比較的広く複数の蔵骨器を安置する a・b 型が 7 基(9・11・14・30・34・52・54 号墓)、
棺箱または蔵骨器を 1 点のみ安置する c・d 型が 12 基(1 脇 1・1 脇 2・10・14 - 2・17 - 2・
20・24・25・33・40・54 - 2・55 - 2 号墓)確認された。a ~ d 型は、墓室の平面観で不定形、
方形、縦長方形、横長方形と細分しており、特に c・d 型の造墓の際には一次葬人骨の頭位が影響し ているものと推察している。また、墓を使用形態別でみると a・b 型は家族墓、c・d 型は個人墓(20・
24・25・33・54 - 2・55 - 2 号墓)として捉えられる。ただし、c・d 型については本墓に付随し て造られた脇墓(1 脇 1・1 脇 2・14 - 2・17 - 2・40 号墓)や、個人墓を拡張して家族墓にした 10 号墓のような墓もみられ、その発生過程や原因等の解明については不明な点が多く、近世の葬墓 制を考えるうえで課題が残る。該丘陵での立地場所についてみると、脇墓を除き、北側下段で横並び する墓と墓の間や北西から南西側に点在する状況が確認された。
3 類は、墓室面積が 2 ~ 5㎡程の棚の有る墓で、墓室の平面観でコ字形 ( a・b 型 ) とL字形( c 型 ) に分類される。コ字形は側棚と正面棚が平坦になる a 型と、段差が付く b 型がある。該丘陵では
墓番号 墓室 類型
調査 年度
墓室面 積(㎡)
墓口
方位 備考
1号墓 3c 14 6 30 1 9 2 8 2 25 北東墓室汁ヒラシ埋土中から蔵骨器片(4点分)出土。汁ヒラシで一次葬人骨検出。西側 の庭囲い部分に小規模な墓が2基造られている。
1脇墓1 1c 14 0 74 1 2 0 6 1 24 南東棺箱台石4個。台石はニービ石、石灰岩塊を使用。一次葬人骨の残存状態が不良のた め頭位は不明。閉塞方法も不明。検出時の墓口は埋もれていた。
1脇墓2 1c 14 0 42 0 9 0 6 0 7 南東 人骨を伴う蔵骨器が破片で出土。墓口は埋もれていて閉塞方法は不明。
2号墓 6b 14 6 25 1 9 2 5 2 5 北東 墓庭に蔵骨器を19点廃棄。墓庭入口側で副葬品の廃棄土坑を2基検出。
3号墓 4b 14 3 60 1 6 1 8 2 0 北 羨道に排水溝を構築する。
4号墓 5b 14 7 00 2 2 2 5 2 8 北 サンミデーを縁石と埋土で構築。サンミデー下部に暗渠を構築。
6号墓 3a 14 5 04 - 2 8 1 8 北
天井が崩落した埋没墓。7号墓室とつながる。右棚一部を欠失。墓室内で完形の石厨 子等を含む蔵骨器片(7点)や戦中避難で持ち込まれた近代磁器皿30点余検出。墓口 は石灰岩の積石閉塞。
7号墓 3a 14 3 00 1 4 2 0 1 5 北 墓室に蔵骨器を12点安置。6号墓室につながる。
8号墓 3b 14 3 91 1 7 2 3 1 7 北東 露頭した砂岩ノジュールをサンミデーに利用した可能性有り。
9号墓 1a 14 1 62 (1 4) 1 8 0 9 北東 天井が崩落した埋没墓。墓室に蔵骨器を2点安置。墓口は石灰岩と砂岩の積石閉塞。
10号墓 1c変形 14 1 63 1 0 0 65 2 5 北東 墓室を奥へ拡張し、蔵骨器を6点安置。
11号墓 1a 14 2 20 (1 1) 2 2 1 0 北東 天井が崩落した埋没墓。墓室に蔵骨器を13点安置。石灰岩と砂岩の積石閉塞。
12号墓 不明 14 2 13 (1 1) 1 4 1 52 北東 天井が崩落した埋没墓だが蔵骨器は無い。正面棚を削平し奥へ拡張する。
13号墓 3a 14 4 58 1 15 2 35 1 95 北東 墓室に蔵骨器を10点安置。墓口は石灰岩と砂岩の積石閉塞。
14号墓 1b 14 2 52 1 15 1 8 1 4 北東墓室に蔵骨器を10点安置。墓口の閉塞は、墓庭にまとまって廃棄された石灰岩と砂岩 の状況から積石閉塞が推察される。北西側に脇墓(14-2号墓)構築、一次葬人骨検出。
14-2号墓 1 14 1 10 - 1 1 1 0 南東 天井が崩落した埋没墓。一次葬人骨を検出。
15号墓 4b 14 3 06 - 1 7 1 8 北東 天井が崩落した埋没墓だが、蔵骨器は無い。
16号墓 4b変形 14 2 43 - 0 9 2 7 北東 天井が崩落した埋没墓。正面棚で蔵骨器の蓋を2点検出。
17号墓 6b 14 4 84 1 8 2 2 2 2 北西墓庭入口側に蔵骨器を11点廃棄。墓庭で土坑を4基検出し、うち2基の土坑内で副葬 品出土。
17-2号墓 1 14 0 96 1 0 0 6 1 6 南東墓口が埋没した脇墓。横転した小型転用蔵骨器(油甕)が1点検出されたが、人骨の 残存状態は悪く判然としない。
18号墓 5b 16 6 48 (2 0) 2 4 2 7 北西墓正面と庭囲い、サンミデー、羨道床面を石灰岩の切石(相方積み)で構築。墓室右 棚の縁部を石灰岩で補修。
19号墓 - 16 7 20 - 1 5 (4 8) 北 墓を壕に改築か。奥側で二つに分かれる。崩落の危険性から調査は断念。
20号墓 1c 16 0 42 0 9 0 6 0 7 北 空き墓。石灰岩の切石とコンクリートブロックで墓口を構築。
21号墓 6b 16 5 50 1 4 2 5 2 2 北 屋嘉比家の墓(「屋嘉比朝儀(朝寄)」銘入蔵骨器有り)。墓口を石灰岩の切石組で 構築し、切石5個(布積み)で閉塞する。
22号墓 6b 16 4 60 1 6 2 3 2 0 北 空き墓。墓口の上部と下部を石灰岩の切石組で構築。
23号墓 3a変形 14 3 57 (1 6) 2 1 1 7 北 墓室内に蔵骨器が打ち割られた状態で出土(5点分)。
24号墓 1 15 1 30 - 1 3 1 0 北西 天井が崩落した埋没墓。蔵骨器を1点安置。
25号墓 1c 15 0 80 - 0 5 1 6 北東 天井が崩落した埋没墓。蔵骨器を2点安置。
26号墓 4b 15 2 72 1 3 1 6 1 7 北東 空き墓。サンミデーの縁を切石で並べる。
27号墓 4b 15 2 89 1 3 1 7 1 7 北東 墓室に蔵骨器を6点安置。汁ヒラシで一次葬人骨を検出。墓口は石灰岩の積石閉塞。
28号墓 4a 15 3 06 - 1 7 1 8 北東 天井が崩落した埋没墓。蔵骨器を1点安置。墓口は石灰岩と砂岩の積石閉塞。
29号墓 6a 15 4 60 1 6 2 3 2 0 北東墓室に蔵骨器を12点安置。墓口は石灰岩と砂岩の積石閉塞。蔵骨器12点中3点に木製 誌板を納める。
30号墓 1a 15 3 00 - 2 5 1 2 北東 天井が崩落した埋没墓。墓室で蔵骨器6点出土。墓口は砂岩の積石閉塞。
31号墓 3a
(5a?) 15 2 89 1 3 1 7 1 7 北東墓室内の蔵骨器は全て打ち割られており、内部に投棄された状況。墓口は石灰岩と砂 岩の積石閉塞。
33号墓 1c 15 1 05 - 0 7 1 5 北西天井が崩落した埋没墓。墓室内に石を4個配置。大型の縁石でサンミデー状に造る。
蔵骨器が墓の前方に散乱する。
34号墓 1b 14 3 15 1 4 1 8 1 75 西 空き墓。外観をコンクリートブロック積みで補修する。
35号墓 - - - - - - 南西 タンク墓。調査対象外。
37号墓 3a 15 4 16 - 2 6 1 6 南 天井が崩落した埋没墓。墓室に蔵骨器を7点安置。墓口は石灰岩と砂岩の積石閉塞。
38号墓 3b 14 2 20 1 1 1 8 1 22 南 空き墓。外観をコンクリートや御影石で補修し、庭と参道をコンクリート舗装、庭囲 いはコンクリートブロック積みで構築。
39号墓 - 14 2 70 (1 2) 2 25 (1 2) 南西 墓を壕に改築か。墓庭で戦争遺骨、銃剣、ボタン、銭貨、印鑑等が出土。
40号墓 1c 14 0 85 0 9 0 65 1 3 北西 39号墓の脇墓。
41号墓 - - - - - - 南西 墓を壕に改築か。
42号墓 - - - - - - 南西 未調査。
43号墓 - - - - - - 北西 コンクリート家形墓。
44号墓 - 15 - - - - 南西 天井が崩落した埋没墓。墓室の壁面の一部と床面を検出。小型蔵骨器2点出土。
48号墓 3c 15 2 28 - 1 9 1 2 北東 天井が崩落した埋没墓。墓室に蔵骨器を1点安置。墓口は石灰岩の積石閉塞。
49号墓 4a 15 5 04 - 2 8 1 8 北東天井が崩落した埋没墓。墓室内から米軍のTNT火薬片が検出された。爆破により蔵骨 器多数が倒壊している。墓口は石灰岩の切石で閉塞。
51号墓 3b 15 - - - - 南西 墓室奥壁のみ残存する埋没墓。蔵骨器3点残存。
52号墓 1b 15 1 65 - 1 5 1 1 北西 天井が崩落した埋没墓。蔵骨器片1点分出土。
53号墓 3c 14 2 47 1 1 1 9 1 3 北東 墓室に蔵骨器を7点安置。
54号墓 1b 16 3 60 (1 5) 1 8 2 0 南西天井が崩落した埋没墓。墓室に蔵骨器を10点安置。墓口は石灰岩と砂岩の積石閉塞。
棺箱の台石にニービ石を4個使用。
54-2号墓 1c 16 0 50 - 0 45 1 1 南西 天井が崩落した埋没墓。蔵骨器を1点安置。
55号墓 3a 16 3 00 - 1 5 2 0 南西天井が崩落した埋没墓。墓室に蔵骨器を8点安置。墓口は石灰岩と砂岩の積石閉塞。
棺箱の台石(ニービ石)2個出土。
55-2号墓 1 16 0 24 0 9 0 4 0 6 南西 空き墓。蔵骨器は無いが配石があり、配石内から銭貨出土。
墓室(m)
高さ/幅/奥行
※ 括弧内の数値は残存部の最大値を計測。
※ 5・32・36・45~47・50号墓は、確認調査で遺構無しと判断した。
第 27 表 前田真知堂B丘陵 遺構観察一覧表